東京高等裁判所 昭和32年(う)830号 判決
被告人 渋谷静夫
〔抄 録〕
論旨第一点及び第二点について。
原判決は被告人は判示日時場所において今福和男が小島晴明に因縁をつけているのを見て今福に加担し小島に対し判示のような暴行を加え、また今福も判示のような暴行を加えて同人に対し判示のような傷害を与えたとの事実を認定し、これに対し刑法第二百四条、第二百七条罰金等臨時措置法等を適用処断しているのであるが、原判決の判示は、被告人は今福と共謀の上判示傷害を与えたと云うのか、または今福と二人で暴行を加え判示傷害を与えたが、その傷害の軽重を知ることができず又はその傷害を生ぜしめた者を知ることができないと云うのか明らかでない。加之、原審証人小島晴明、伊藤尹大、坂本希平の各供述記載、医師坂本希平作成の小島晴明に対する診断書並びに当審における事実取調の結果(証人今福和夫、坂本希平、小島晴明の各供述記載、被告人の供述)を総合すれば、被害者小島は判示神社境内において空堀(池の水が涸れて窪地になつているもの、以下同じ)から上ろうとしたとき被告人の外赤革靴を穿いた男からも胸を蹴られたと云つて居り、又小島が空堀内で暴行を伊藤尹大に助けられ境内から出たところを数人の若い男(その内に被告人がいたかどうかは証拠上明確でない。)が追つて来て小島を伊藤から引き離し、隣家の庭先に連れ込み、そこで再び小島を打つ、蹴る、殴る等の暴行を加えた事実があり、又三月二十六日午前坂本医師が小島を往診したとき小島は全身及び胸部に痛みを訴えており左眼の周辺が変色腫張しており胸部背部に疼痛があり、疲労困憊の態であつた。その痛みはすぐにはとれず、その後同医師は二回位小島を診察し、レントゲンも撮つたがその結果は異常がなかつたことが認められる。故に小島の受けた本件傷害は被告人及び今福の判示暴行の外数名の氏名不詳者の暴行が原因となつて生じたもので何人がどの傷害を与えたかまたその軽重を知ることができない場合に該るものと認めるのが相当である。しかるに原判決はこれを被告人と今福との共謀による傷害と認めたのか又は右両名のいわゆる同時犯と認めたのか判示自体によつては不明確であるのみならず、右傷害が被告人及び今福以外の者の同時に加えた暴行にも基くものであることを看過した点において理由不備及び事実誤認の違法があり、右事実誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかなものと認められるから、論旨はいずれも理由がある。
(谷中 坂間 荒川)
註一 当審の認定した事実 被告人は昭和三十一年三月二十六日午前零時頃神奈川県高座郡綾瀬町早川八百四十五番地早川天神社境内において顔見知りの今福和夫(昭和十三年十一月生)が、同夜同神社で催された春祭を見物中の同郡海老名町国分千八百九十五番地小島晴明に因縁をつけているのを認め、小島が「今日のところは謝つておく」と云つておるのを耳にするやこれに憤慨しいきなり同神社境内西北側空堀前の柵によりかかつていた小島の右頬を殴打し且つ同人の足を掴んで持ち上げ同人をその後方深さ約一米位の空堀に落ち込ませたため小島は堀内の杭に後頭部を打ち、辛うじて空堀より上ろうとしたところ、被告人外氏名不詳者一名が靴穿きのまま同人を足蹴にし、今福は右空堀内に入つて行き小島の顔面を殴打する等の暴行を加え、其の後小島がその場に来た伊藤尹大に助けられて同神社境内より出て行つたところを氏名不詳者数名が後を追い伊藤より小島を引き離し、右神社境内に隣接する農家古屋久米造方庭先に小島を連れ込み同所で更に小島を打つ蹴る殴る等の暴行を加え因て小島に対し顔面部胸部等に全治三週間位を要する打撲傷を負わせたものであるが、右傷害は前示のように被告人外数名の暴行に因るものであつて何人が如何なる傷害を生ぜしめたかを知ることができず且つその軽重を知ることができないものである。
註二 原審の認定した事実 被告人は昭和三十一年三月二十五日夜神奈川県高座郡綾瀬町早川八四五番地の早川天神神社で催された春祭に出掛け酔余同社境内で村芝居を見物していたが同夜深更(二十六日午前零時頃)知り合いの今福和夫(昭和十三年十一月生)が同郡海老名町国分一八九五番地小島晴明(昭和十年二月生国学院大学生)に因縁をつけているのを見て被告人は何等事情も分らずに右今福に加担して矢庭に同社境内西北側の空堀り(池の水が干して窪地になつている)の周囲の柵に寄り掛つていた右小島の右頬を手拳で殴り付け且つ同人の足を掬つて持上げたため同人は後方の深さ一米余の空堀に逆さに落ち込み堀中の杭に後頭部を打ち辛うじて起き上つたところ更に被吉人は靴履きのまま小島を足蹴りにし又前記今福は同人を殴り付け因て同人に対して全治迄約三週間を要する顔面胸部等の打撲傷を負わしたものである。